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Rider’s Story 『北の大地で』
21になったばかりだった。
彼は梅雨前線から逃れるようにフェリーに乗り込み、北の大地へ航った。
あてもなく気ままな日々をオートバイの上で過ごしている間に季節は移り、いつの頃からかテントの中で目覚めると息が白くなっていた。
日常から逃れて旅に出たが、今や旅が日常になってしまった。
まだ戻りたくはないが、そろそろこの旅も終わりにしなければ。
明日のフェリーでこの大地から発とう。
今夜くらいはベッドで眠るのも悪くない。
彼は小樽港からほど近いペンションに宿をとった。
中学生だった頃、彼には憧れのクラスメートがいた。
よくふたりで下校したがほとんど会話はなく、結局デートらしいデートは一度もなかった。
卒業後、彼女は離れた町の女子校へ通い、しばらく続いていた手紙のやりとりもいつしか途絶えてしまっていた。
ただ、例えばふとラジオからラブソングが流れた時、その頃の彼が思い浮かべるのは彼女の笑顔だった。
小樽の海を見下ろすペンションのロビーでコーヒーを楽しみながらくつろいでいた彼がふと顔を上げると、そこに立っていたのはまさしくその彼女だった。
高校時代の友人とふたりで旅行中だという。
これ以上ない偶然に戸惑うふたりの会話はやはり続かず、夕食後その日泊まりあわせた全員で記念写真を撮り、それぞれの部屋で床に就いた。
翌朝、早くに目が覚めた彼がロビーに降りると、彼女はすでにそこにいた。
「早く目が覚めちゃった。」
はにかむ彼女。
「海まで散歩しようか。」
肩を並べて歩きながら、それぞれが途中立ち寄った美瑛にある写真美術館の話をした。
短い夢のような時間だった。
朝陽に照らされて、ふたりならんだ影が砂浜に長く伸びていた。
ペンションに戻り、朝食を終えて
出発の準備を整えた彼は
カメラを手にした彼女に見送られながら
キックスターターを踏み下ろした。
「写真、送るね。」
シャッターを押した彼女は、笑顔でそう言った。
あれから、29年。
・・・そろそろ届く頃だろうか。
ナンチャッテRider’s Storyでした。
ほぼ全て実話です。
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ぜひ、お手に取ってご一読ください。