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Rider’s Story 『紫煙と 甘い残り香』
見上げれば梅雨空。
湿度はかなり高いものの、雨が降り出しそうな気配は薄い。
月曜日の早朝。
森に包まれたワインディングロード。
木々に囲まれていることもあり、空気は重く風は止まっている。
コーナーをクリアするごとに標高を上げていく1台のカフェレーサー。
1200ccバーティカルツインエンジンが、鼓動感あふれるビートを刻んでいる。
左ヘアピンカーブを抜けると、薄紫色のもやが前方に漂っていた。
そして鼻をくすぐる甘い香り。
カストロールオイルが焼けた匂いだ。
「2スト?」
ライダーは唇の動きだけで思わずそうつぶやいた。
おそらく、2ストロークマシーンがフル加速時に発した紫色の排気ガスとオイルの残り香だろう。
シールドを開いて耳を澄ましたが、甲高いエキゾーストサウンドは聞こえてこない。
見えないマシーンとそれを駆るライダーに興味を覚えたカフェレーサーのライダーは、右の手首を軽くひねりスロットルの開度を上げた。
ペースアップとともにタイトコーナーからの立ち上がり付近に漂う気配は徐々に強くなり、やがてその排気音が耳に届き始めた。
「近付いている」そう確信した瞬間に、その音は消えた。
さらにいくつかのコーナーをクリアすると一気に視界が開け、左側に展望スペースが現れた。
そこに停まる黒いネイキッド。
RZ250Rだ。
急制動をかけたカフェレーサーは、ウィンカーも出さずに展望スペースに向けて車体を傾けた。
2台ならんだパラレルツイン。
展望台に向かって歩き始めていた若い男性が振り返った。
RZのライダーだろう。
グローブをはめたままの右手を挙げると、彼も立ち止まり軽く頭を下げた。
カフェレーサーにまたがったままヘルメットを脱いだ男は、息子世代ともいえる彼に微笑みかけた。
「30年以上前、俺がまだ10代だった頃に初めて買ったバイクがRZだったんだ。」
「あの頃、RZ乗りはみんな首に赤いバンダナを巻いていたんだよ。」
止まっていた風が、動き始めた。
苦笑いをした若いライダーの首で、赤いコットンがその風になびいていた。
本家「Rider’s Story」の著者である武田宗徳さんから、最新作となる vol.85が届きました。
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